第6回折口信夫(釈迢空)勉強会・釜ヶ崎『松之木大明神』

 
 2016年3月20日(土) 今回のツアー参加で行って見たいところがこの松之木大明神、猫塚と近松門左衛門 碑のある神社です。
 この地にほど近い飛田新地と言うのは、1910年1月に発生した「南の大火」で難波新地乙部が全焼したことを受け、1916年に新地・遊郭として開設された物で、このお社が置かれた1901年にはまだ存在してません。
 三味線の胴の張り皮に使われる猫の皮と、近松門左衛門、遊興・芸事に関連したお社なんです。
 西成区太子の路地裏に祀られたお社で、こんな時くらいしか中々行けないですね。
松之木大明神。
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正に猫の額位の境内ですが、年に2回例大祭が開かれ大切にお祀りされてます。
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三味線の胴を模った猫塚。大阪邦楽器商組合などが顕彰されてます。
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 ここの近松門左衛門碑は、もともとは天王寺公園にあった物だそうですが、裏には近松の辞世の句「それぞ辞世 去ほどに 扨(さて)もそののち残る桜が 花しにほはば」が彫られてます。
 後方金網の向こうは、南海電鉄天王寺支線跡です。
近松門左衛門碑。
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 この彰徳碑の松田雪重と言う人は、有名な山口組と松田組との抗争から始まった大阪戦争の片一方の当事者、松田組の初代組長です。
 日本橋から釜ヶ崎を凌ぎにしていた大日本正義団は、松田組の派生団体に成ります。
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