さくら祭『お花見歩き旅』~第5回わがまち東成 勝手にさくら祭~ その1

 2014年4月6日(日)「さくら祭“お花見歩き旅”~第5回わがまち東成 勝手にさくら祭~」に参加しました。
 主催が東成区未来わがまち推進会議3班との事で、「街の賑わい・活気」を担当する部会で、東成区未来わがまち推進会議合同班が共催に成ってます。
 第5回と有る様に、「東成区桜マップ」と云うのが有ってそれを活用したまち歩きは毎年行われていたそうで、各小学校区ごとのまちづくり協議会が地元の公園で開催する「さくら祭り」と連動してる様です。
 今回は、JR玉造駅からの西コース「女性が嬉しい♪・古くて新しい東成を楽しむ」、地下鉄新深江駅からの東コース「歴史を楽しむ・伊勢神宮へ献納される菅笠」を各テーマに2コースが準備されていて、お菓子やお飲み物の接待が有り、両コースゴール地点の今里西之口公園での今里まちづくり協議会「さくら祭」で模擬店やステージイベントを楽しみ、その上お花見弁当・お茶・お花見団子まで頂け、参加費消費税据え置きの980円とは、大変リーズナブルなまち歩きです。
 基本的に東成区未来わがまち会議から派生したイベントの様ですが、「ひがしなり街道玉手箱」と同じように東成区未来わがまち会議のフレームを活用した第2世代が企画運営されてる様で、随所に若い人のセンスが感じられます。
 私が、城東区ゆめ~まち~未来会議を離れた理由の一つが世代交代を促す事なのですが、未だに私の仲間、第1世代が中心の城東区ゆめ~まち~未来会議から見ると羨ましい限りです。
ゴール地点の今里西之口公園、準備中です。先ず、自転車を置きます。
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 集合地点の地下鉄新深江駅に歩いて向かいます。
途中の民家裏のガレージ。埋め立てられた井路川の船着き場跡石段だと思います。
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さくらも良いけど『ヒメツバキ」。
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 「Campas」の看板、そうですノートなどのコクヨ本社横。コクヨは「国誉」が元だとガイドさんの解説。
集合地点・地下鉄新深江駅。
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長堀通り。幾つ設置して有るんでしょうか、暗越奈良街道の碑。
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長堀通りを北に渡り、深江郷土資料館に向かいます。
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お地蔵さん。「融通大念仏宗中興法明上人舊蹟・法明寺 深江村」と在ります。
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道標。暗越奈良街道沿道には沢山設置して在ります。
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地蔵さん。東成区の大阪市設置住居表示版は、一般的な緑では無く青色です。
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深江郷土資料館に向かいます。
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深江稲荷神社。鳥井の後ろに山門が・・。
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石杭の向こうに深江郷土資料館。
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 各地の稲荷社は合祀された物が多く社も小さいですが、この地の稲荷社は大きなお社です。
 由緒によれば、創建は第11代垂仁天皇の御代と有り2000年以上遡りますが、神話的要素が強い天皇では有ります。
 
 伊勢神宮つながりでは、摂津笠縫邑跡と書いてある古い石碑が建っていて、笠縫邑というのはこの村にあった伊勢神宮が伊勢に移ったという伝説です。
 難波から東に向かう玄関口で、この地で旅支度の菅笠を調達しました。
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釜師。茶の湯釜 人間国宝・角谷一圭の生家。
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深江郷土資料館。
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深江の名産、菅笠を中心にこの地域の歴史資料の展示もされています。
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 茶釜師 人間国宝・角谷一圭さんの記念館も兼ねていまして、茶釜などの展示も有ります。
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菅笠。
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大きな菅笠の下、菅笠制作道具が展示されています。
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菅笠を模した「傘釜」。
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小物類も販売されてます。ここてお茶とお菓子を頂きました。
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菅田が復元されています。
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井戸の前。ガイドさんの解説。
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深江郷土資料館は、この屋の当主が私費で設置されたんだそうです。
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日本地図で有名な伊能忠敬測量隊が宿泊したお家。
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 大阪市指定有形文化財、1611年(慶長16年)の蓮如画像と木仏裏書が現存する寺院として知られています。
井谷山・真行寺。
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本堂。ここでもお菓子を頂きました。
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 本尊の阿弥陀如来木仏の裏書には、本願寺派12世門主・准如の証判が押して有り、深江の地に伝来する最も古い歴史資料と云われます。
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 この地も低湿地のため、水害の被害に悩まされた土地で、城東区と同じ様に石垣で嵩上されていますが、城東区より一段強低い石垣です。
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やはり城東区よりは一段位低い様に思います。
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 この辺りは区画整理がされている様で、道幅が広く成りますが、所々に古民家が残っています。
 このお家は、板が貼られた軒先でたこ焼き店をされていたそうで、2階の屋根が低く明治後期頃の建物の様ですが。
旧深江村地区を離れ深江南公園に向かいます。
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 この長屋は、所謂三戸一と云われた長屋で、右の2階立てのお家は、長屋の屋根を切り建て替えられたのではと思います。
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